EURONYMOUS伝
--5. Euronymous殺害--
1993年の8月11日朝、Euronymousが自宅のあるアパートの階段で刺殺体となって発見されました。 最初はノルウェーブラックのライバルでもあるスウェーデンブラック界の仕業かと思われましたが、 密告のおかげもあってか、警察は約一週間後にCountを第一級殺人罪として捕らえました。 ThornsのSnorreも同時に殺人幇助の罪で逮捕されました。 Countは21年の実刑判決で未だ服役中ですが、Snorreのほうはすでに出所しており、2001年には1stアルバムをリリースしています。
さて、事件の経緯は以下のようなものでした。 発見された日の前日、つまり10日夜、CountはEuronymousのアパートを訪れました。呼び鈴を鳴らすと、Euronymousが下着姿のまま出てきました。 そこにいきなりCountが飛び掛り彼の胸にナイフを突き立てます。Euronymousは痛みに取り乱しながらも、 助けを求めて隣人の部屋のドアを叩きます。しかしCountはそこに追い討ちをかけ、最初の一撃とあわせて計23刺しで Euronymousを帰らぬ人としたのです。
動機については、先ほど述べたレーベルの問題、「Helvete」廃業の問題などによる不仲が原因だとされていますが、 その不仲を決定的にしたのが、ブラックメタルに興味を持った大手レーベルのアプローチに対して、Countが承諾の返事をしてしまい、 Euronymousと対立した、というものです。Countはいくらたっても金の支払われないDeathlike Silence Productionsにはうんざりしていたのかもしれません。
Euronymousはブラックメタル界をすべて牛耳ることを夢見、メジャーに走ることを徹底的に嫌っていたため、大手のレーベルと契約するなど 愚の骨頂だと思っていたのです。そこに、かつては一番弟子であったはずのCountがOkしたとなるとこれは裏切りに他なりません。
この殺人事件によって、「Inner Circle」の存在と一連の犯罪は世間に露呈し、逮捕者が続出、ついには団体そのものが崩壊してしまいました。
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